イノセンティック メモリ <冒頭>



 やたらと、身体がだるい。
 無茶に開かれたのか、節々もわずかに痛み、海馬はバスローブに袖を通しながら、深くため息をつく。
 そのときは夢中で意識など半ばない。けれど、その腕を拒めばいいだけのことを、いまだにできないでいる。
 いつも、終わったあとには後悔するのだ。
 どうして、なんのために身体を重ねるのか。
 いずれ消えるだろう存在を、その身体に縛りつけたいと思ってでもいるのか。
 それは、まるで、この身体を贄に使っているかのようだ。
 王(ファラオ)に捧げられる贄。
 石造りの神殿で自らの心臓を抉って差し出す光景を思い浮かべて、海馬は自嘲気味に唇の端を上げた。
 結局、なにも変わらない。
 器が砂になり、塵になり、黄金も剣も、すべてが消え去った後の、邂逅した先にあるのは、やはり消滅であるのだから。
 邂逅した先になにを求めていたのか、海馬には分からない。考えたくもないし、そんなものを託されても、自分にはどうしようもない。
 そもそも出会ったことは、海馬の意志でしかない。
 けれど、その腕を拒めないことに、海馬自身以外の意志が働いているとしたら?
 そんなことを考えてしまい、海馬はゆるく唇を噛んだ。
 疲れているから余計なことを考えてしまうのだと、身体が温まっているうちにベッドに入ってしまおうと、足を進めた。
 ベッドには、肩をむき出しにして寝ている遊戯の姿がある。
 帰っていれば良かったのに、と思う。事後に意識を飛ばして眠りにつくならまだしも、先に寝ているベッドに同衾するなどありえない。
 しばらく遊戯の寝顔を見下ろしていたが、疲れ切ってだるい身体は、休息を求めている。海馬は仕方なしにベッドへと乗り上げた。
 それでも、遊戯は起きる素振りを見せない。
 その安らかすぎる寝顔を見下ろしていると、だんだんと気分が悪くなってきた。嘔吐感すら感じるそれに、海馬はきつく唇を噛んだ。
 なにか考えるよりも先に、無防備に晒された首に、手が伸びた。
 暖かい身体に指先が触れて―――。
 いずれ消えてしまうなら、今消しても構わない。そうすれば、もうこんな思いはしなくて済む。
 そう思い、海馬は布団の上から遊戯に馬乗りになると、その首に両手をかけた。
 細い首だと、思う。
 普段は幅広な革のチョーカーと忌まわしいオカルトアイテムがそこにあるからか、そんなふうに感じたことはなかった。
 首にかけた手に、力を込める。てのひらに首の筋の感触がありありと伝わっていた。
 このまま締め上げていけば、この細い首を縊ることは簡単だろう。
 そう思った瞬間。
 遊戯のまぶたが、ゆっくりと開かれた。
 紅い色が、まっすぐに海馬の蒼を捕らえている。
「この身体で、海馬に殺されるわけにはいかないぜ」
 締められているとは思えないほど静かな声で、遊戯はそう口にした。紅の視線も苦痛に歪むことはない。
「なら、いつならばいいのだ」
 締める手から力は抜いたが、それでも、手は遊戯の首に回ったまま、海馬はそう聞いた。
「この身体でなければ、いつでも」
 遊戯が、海馬の下でうっすらと笑みを浮かべる。いつもの挑発的なものでなく、まるで陶酔しているかのような、そんな笑みを。
 それは、あり得ない。そう分かっていても。
「誓約は違えるな」
 海馬はそう告げて、薄く笑んでいる唇へと唇を重ねた。



つづく...